山下佳恵詩集『あなたへ』


自転車の、思い出話


忙しかった日々が
まるで夢のようだね

ぼくのハンドル付近に取り付けられた
子ども用の補助席に
赤ちゃんの小さな体が座った
ほわっとしたぬくもり
小さな手や足が可愛かったな
自転車の風を
まともに受けていた小さな顔は
なにを感じていたのだろう

下の子が生まれて お母さんは
前に後ろに子どもを乗せて
保育園の送り迎え
仕事に
買い物に と
忙しく走りまわっていた
まるで
ツバメが巣から出たり入ったりするように

保育園の荷物と買い物袋
二人の子どもとお母さん
ぼくは何十キロの命を抱えて
走っていたのだろう

保育園の送り迎えのときに
しりとりをしたり
歌を歌ったりしていたね
習い事の帰りに見た
大きな 大きな お月さま
覚えているかな

子どもたちも大きくなって
前の補助席がはずされ
後ろの席しか使われなくなった
そして
子どもが病気のときしか乗らなくなって
あたたかい体温を感じることが少なくなった

あの交差点の手前で つむじ風が
枯葉を巻き込んで
くるくるまわって
消えてしまったように
めまぐるしかった日々も
くるくるまわって
過ぎてしまったように
いまとなっては思えるね

ぼくの体もさびついて
タイヤもかなり劣化した
おたがいに
年をとったね
お母さん




「 自転車の、思い出話 」( 了 )

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