山下佳恵詩集『あなたへ』


節目に戻って


なぜか
心はぶ厚い雲に覆われて
電車の窓から
流れていく風景をみていた

昔 住んでいたところの駅が気にかかる
いつもは気にしたことなんかなかったのに
そういえば
あのころ住んでいたアパートは
いま どうなっているのだろう

駅はあのときの駅のまま
駅前の交差点をぬけて
足はアパートへの道にむかって歩んでいる

道行く人は知らない人ばかり
喫茶店が洋服屋さんに変わって
小さな商店がコンビニに変わっていた

あそこにあった喫茶店で
よくおしゃべりしていたっけ
時間が経つのも忘れて

二丁目のこの角を曲がって三軒目
ワクワクしながら曲がってみると
そこには
昔住んでいたアパートはなかった
新しいマンションが
前から建っているような顔で私を見ている

不思議だな
この場所にくるときに
思い出していたのは
なぜか楽しいことばかり
悲しいことのほうが多かったはずなのに

道端にメヒシバが
道路を縫うように生えていた
メヒシバは
横へ 横へ
節目を作りながら生えていく
ひっこぬかれても
どこかの節目でふんばって
次の機会をねらっている

空に向かって
ただ のびていくだけでは
雨 風に負けて倒れたり
折れたりしてしまうから
節目を作りながら生えていくことは
戦略のひとつ と
メヒシバは細い穂を涼しげになびかせている

昔住んでいたところが見たかったのは
振り返ってみたかったのかもしれない
そう
もう一度
節目に戻って




「 節目に戻って 」( 了 )

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