山下佳恵詩集『あなたへ』


虫の知らせ


それは父の死ぬ丁度一週間前のことだった
親しい人が亡くなるとき
虫の知らせがあるという
私に起こった二つのことも虫の知らせだったのだろうか

一つめは友人と電話で話しているときに
突然電気が消えた
この部屋だけの停電だった
ブレーカーも上がったままで、暫くすると
電気がついた

二つめはその二時間後
一人でテレビを見ていると
テレビ画面いっぱいに人影が浮んだ
スーツを着てシマ模様のネクタイをして
アナウンサーかと思うほど
何かを話していた 訴えていた

生前頑固だった父は
晩年とてもまるくなった
五月に癌の宣告をされてから
たった半年程の短い命だった
自分の命はまだ大丈夫だと思っていた父は
肝心なことはなにも言わないまま
死んでいった
虫の知らせで一生懸命訴えていても
何も伝わらないまま
私の胸に奇妙なことが刻まれたままで終わってしまった


「 虫の知らせ 」( 了 )

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